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最後の会話

筆者:岡 敦
題名:最後の会話
初出:「日経ビジネス電子版」2020年8月6日

 

 兄と最後に話をしたのは、いつだったろう。
 七月の中頃、兄が再入院(最後の入院)する前だったろうか。
 たしか、ぼくは自分の部屋のなか、机の前に立ち、茶色いドアにぼんやりと視線を向けながら、三十分ぐらい電話を耳にあてていたのだった。
 内容は、まさかそれが最後になるとは考えていなかったから、マルクスの土台上部構造論だの、マンハイムのイデオロギー概念だのと、今こうなってから振り返ると、まったくどうでもいい、つまらないことを、しかしそのときは互いに少し興奮しながら話していたように思う。
 しかし話題は少しずつ移り、やがて、どういう流れだったのか覚えていないけれど(そうだ、その頃は母が高齢者施設に入居する、その準備をしていたはずだから、そんな話題の直後だったかもしれない)、兄が突然大きな声ではっきりと言った。
 
「あぁ、歳をとるってやなもんだな」
 
 ぼくは、ひどく驚いてしまった。
 ぼくたちの育った家は、巨額の負債を背負ったり離散したりした。その前にも後にもいろいろな経験をしたけれど、兄もぼくも、それらのことを怒ったり嘆いたり恨んだりしたことは、ただの一度だってなかった。
 誰に教わったわけでもないけれど、子供の頃からずっと、ぼくらは「必然的にやってくるものを拒む」ようなことはしなかったのだ。たとえそれが、どれほどネガティブなものであったとしても。
 
 来るものは来るのだから、嫌がってもしょうがないだろ。嫌がるだけ損だ。それは来るものだと認めたうえで、さあどう受けて立とうかと考えようぜ。
 
 とりわけ兄は、そうだった。来るものが来る、それは兄にとっては、新しいゲームの始まりのようなもの。さあどんなふうに乗り切ってやろうか、どう対応すれば面白いだろう、そうだ、こうやってやっつけてやれば、きっとみんな驚くぞ。

 などと想像して目を輝かせ、ワクワクする気持ちを抑えられずにいる。いつも兄は、そんなふうに見えたのだった。
 その兄が、避けることのできない「老化」について、嫌だ、と強い調子で拒んでいる。大袈裟に言えば、その言葉は、ぼくの耳に非現実的な響きを残した。
 戸惑った。兄が今、何を想い何を考えているのか、このときは想像もできずにいた。
 返す言葉も思い浮かばなくて、ただ小さな声で、「だね」と曖昧な相槌を打った。
 兄は、なおも、たかぶる想いが収まらないらしく、追撃するような勢いで「歳はとりたくねえなあ」と続けた。
 応えられずに、ぼくは黙った。
 兄も口をつぐんだ。
 そして、少し間をおくと、兄は普段の自分を取り戻して、自嘲気味に笑いながら、まあ、オレのこの病気も老化かもしれないけど、と付け加えたのだった。

 


付記
2020年7月31日、私は兄(岡康道)を亡くしました。この文章は、「日経ビジネス電子版」が編んでくれた追悼記事(2020年8月6日「旅立つには早すぎる~追悼 岡康道さん」)のために書きました。

 

 


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